事業成果物名

2015年度 車両助成実施報告

団体名

事業成果物概要

2015年度 車両助成 鎌倉の海 末期がんの方に海を見せえた

鎌倉の海は、どの季節も美しい。静かな時も、 荒れた時も、海が素晴らしく美しくなる。 小生だけでなく多くの鎌倉に住む人々も同様であろう。

そもそも、鎌倉に住むということは、海が近いということが 人々の心を突き動かし移住してくるのであろうと思う。 また、住んでいる人々だけでなく、東京などからわざわざ、 鎌倉まで海を見に来る人も多い。

小生も、南方から帰ってきた当時は、半年の間、毎日、 鎌倉駅から大鳥居を通り、海を見るため、 鎌倉海岸の由比ヶ浜まで通った。現在は週に一回ぐらいだが海を見に行く。

そして、波打ち際を、砂浜を踏みしめながら歩き、 さわやかな塩の香りを嗅ぎながら、 快い潮風を体いっぱいに受けると、心から都会からの疲労感から解放され、癒される。 海は、人々を癒す力がある。

先日だが、当方の利用者(患者)の方で、末期がんになられている方が、 "どうしても、2階に上がり海を眺めたい"と要望され、 当方の社員が2名がかりで車いすごと2階に持ち上げた。 しばしの間、海をじっと眺められたあと大変満足され、 われわれに感謝された。

"天に昇る前に是非、 海を眺めたかった"ということであった。 日本人の心のふるさとは、海ではないだろうか
認知症になってしまうと、家族の顔も判らなくなるので、 海を見たいという衝動は起きないだろうが、 人としての意識があるかぎり、潜在的に、 海を見たい、海に触れたいということが大多数の日本人の心であろうと思う。

なぜならば、小生の個人的な仮説であるが、 日本人の原型となる"倭"の人々は、本来"海洋民族"であったと思う。 中国大陸の内陸から南下してきたモンゴル族系の一部が、 東シナ海、並びに日本海に行き当たり、 そこから海の幸(魚とか貝、海草類)が豊富であっただろうから、 海にのりだしたのだと思う。

紀元前で日本が弥生時代の前半であろうと思う。 多分、半構造船あるいは筏を作り、 簡単な帆をかけ海を押し渡っていたのではないか。 そういう海の民(民族)を総称して"倭"と中国では呼び習わしていたのだろうと思う。

その一部が日本列島に上陸し、 住み始めてその海洋民族の"倭"が日本人の原型となり、 イネと鉄が伝わり、海から内陸に向かい、 畑を耕し、海と陸で生活し、 そこから日本が形つくられていったのだと考えているからである。

   それゆえ、日本人の心のふるさとは海にあり、海に深い愛着をもつ”海洋民族 としての魂”が、そして船板一枚に命を預けて,大海に乗り出した勇猛な魂が、 潜在的に今も生きていると信じている。

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事業成果物名

2015年度 車両助成実施報告 鎌倉の海 末期がんの方に海をみせた。

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